side:雅美
オレの横を通り過ぎる奴から、知らない香り。
香水変えた?いや、でも、この甘ったるい香りは、どう考えても――――・・・。
◇◇◇
「女だ」
目の前にいる、同期の太田に向かって告げる。睨みを利かせて。
既に何杯目かも分からないジョッキを机にドンと置く。
「まあ、あいつに女がいないって方が変かもなー」
呑気に言う太田は、もちろんオレたちの関係を知らない。
幼馴染だっていうのは知ってるけど。
「いーや!変だ!あいつに女だぞ!?」
呑気に話す太田の姿に、何故か無性に腹が立つ。
思ったよりも大きな声が出て、慌てて口を押さえる。
「そっかぁ~?あれだけ見た目もいいなら女がほっとかねーだろ」
「・・・・・・」
そうだよ。あいつは無駄に見た目だけ立派に育ちやがって!!
中身なんか俺がいなきゃピーピー喚くクソガキのくせにっ!!
あ゛ー。イライラしてきた。
あ、もうビールないじゃん。よし、もっと持ってこーーーーい。
「お、おいおい・・・・お前ってそんなに酒強くねーだろ?」
「・・・・あ?んなことねぇよ~・・・オレが、このオレが年下になんか負けるわけねーだろぉ!?」
新しいビールに口を付けて一気に半分ほど飲み干す。
それを見た太田の顔が苦笑いと共に諦めたような溜息を吐く。
「まったく・・・・年下の幼馴染に対してコンプレックスがあるんだな・・・」
コンプレックス・・・・。そう、だな。今も昔も変わらず、あいつに負けるのは腹が立つかも。
「でも仲はいいんだろう?お前等」
「―――・・・・多分」
「多分ってなんだよ」
プッと笑う太田は、まるで小さい子供を慰めるような声を出して言う。
「ま、仲良くてライバルっていい関係だと思うけどな」
頭をクシャクシャにされるも、優しく撫でてくる。
「・・・・・・」
(そんなんじゃない。)
言いかけた言葉を寸で飲み込む。
こんな感情を持たなきゃ、きっと、あいつとは“いい関係”だったかもしれない。
でも、もう無理なんだ―――。
オレもあいつも。後戻りなんか、出来ない。
「――って、雅美!?顔真っ赤だぞ!?」
「う゛ーーーーー」
唸るオレの顔は、どうやら赤いらしい。見えないが熱く火照っているのは分かった。
「ばっ・・・ちょ・・・まず水飲めって、水!」
無理やり口元に水の入ったコップを近づけられて、仕方なく飲む。
それでも、グルグル回る思考と共に目も回る。
「あ!おい――雅美!?」
慌てた太田の声が,どこか遠くから聞こえる。
オレをこんな気持ちにさせといて・・・勝手に女なんか作ったら、許さねぇー。
いつになく不機嫌な横顔のあいつを思い出す。
それから、オレの知らない香り―――。
薄れゆく意識の中、あいつの笑った顔を見た気がした―――。